● 非モテ話は環境起因と性格起因を切り分けたほうがいい
以前に当 Blog で非モテ系の話題に言及した際、コメント欄で
「恋愛するつもりのないお前に恋愛を語る権利なんぞない。どうにかしたいんだったら、部屋に引きこもってないで、外で人にたくさん会え!」
と断言されてしまったので、極力この種の話題は避けて通るつもりだったのだけれど、一言だけ。
上記の説に従うなら、ほしみさんのケースはほぼ間違いなく性格起因である。環境を変えたって、問題の解決に関しては無駄である可能性が高い。
なんだ。それなら別に部屋に引きこもってオンライン RPG ばっかりやってても構わねェじゃん。
2006年10月13日
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ちなみに、今回のこの文脈で来るのなら
『肯定』
であります。
前回は
「おりゃー一所懸命にやったんだ!」
と言うので反論した次第。
以上
そこまで、下に逝っちゃうと、
俺なんかどーすりゃいいのよ・・
性格起因と言わすに
だだ単に「運が無かった」
それだけでいいやん!!
> 「おりゃー一所懸命にやったんだ!」
> と言うので反論した次第。
いや、前回の文脈だって、“一生懸命”という言葉が表す境界値が人の性格の違いによって違うっつー話だったんですが。
人によって、掌が血豆でぐちゃぐちゃになるまで逆上がりの練習をするのが“一生懸命”なこともあるし、そもそも逆上がりの練習のために鉄棒のある場所に出かけるだけのことが“一生懸命”以上の辛いことな場合だってあるってこと。
「『自分の基準で考えると、あいつは一生懸命やっているように見えない』
って理由で責められても困ります」っつーのが論旨です。
「そんな、たかが恋愛くらいで」などとお思いの方もおられるかも知れませんが、これだけ世間で非モテの話題が議論の俎上に上るところから判断して、この“基準値の壁”は決して「たかが」と一笑にふせるものとも思えません。
それから、「運がなかった」という申し開きは「自分にはまったく非がない」と事態の責任を他者に押し付けてしまう点で、「はい、原因はわたしの堪え性のない性格です」と自己の責任を多少なりとも認める性格起因説より、よくない選択なんじゃないでしょうか。
現在、精神科に通ってる者の愚痴とでも思ってください
以上、精神科待合室からの打ち込みでした。